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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)12731号 判決 1996年10月02日

原告

山口孝

山口美代子

右原告ら訴訟代理人弁護士

松本七哉

住川和夫

被告

株式会社共立メンテナンス

右代表者代表取締役

石塚晴久

右訴訟代理人弁護士

益田哲生

爲近百合俊

種村泰一

主文

一  被告は、原告山口孝に対し、金五二二万二五二六円、原告山口美代子に対し、金八二万五三二五円及び右各金員に対する平成六年一二月三〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(1)  被告は、原告山口孝に対し、金一四五九万一四一六円及び内金七二九万五四一六円に対する平成六年一二月三〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 被告は、原告山口美代子に対し、金五八五万八〇四八円及び内金二九二万九〇四八円に対する平成六年一二月三〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  当事者間に争いのない事実

1  被告は、学生寮、社員寮等の運営を業とする会社であり、原告らは、平成三年七月、被告に雇用され、原告山口孝(以下「原告孝」という。)は寮の管理人として、原告山口美代子(以下「原告美代子」という。)は寮母として、ドーミー吹田と称する寮(以下「本件寮」という。)に配置され、稼働していた。原告孝は、主に寮全般の管理、運営を、原告美代子は、主に給食業務を各担当していたが、原告らに対する賃金は、毎月一〇日締め、二五日払いとされていた。

なお、原告らは、夫婦であるが、いずれも平成六年三月末日をもって、被告を退職した。

2  被告の就業規則一一条によると、原告らの勤務時間は、平日(土曜日を含む)については、就業時刻午前六時、終業時刻午後一〇時の八時間変形勤務とされており、同一七条によると、休日は、日曜日、祝祭日、年末年始五日間などとされていた。

3  被告は、平成五年一二月二七日、原告らの業務について、茨木労働基準監督署長から、断続的労働(労基法四一条三号)の許可を得た。

二  原告の主張

1(一)  原告孝は、本件寮の管理人(マネージャー)として、その拘束時間は午前五時三〇分から翌日の午前零時までの一八時間三〇分に及んだ。すなわち、日曜日を除いて、毎日午前五時三〇分から九時までは寮のドアの解錠、ボイラーの始動などの業務を行いながら朝食を摂り、その後午後二時ころまでは郵便物の転送、銀行振込み、来客や電話の応対、入寮者宛の宅配物の受付けなどの雑務を行いながら、適宜昼食を摂る。そして、午後五時三〇分ころまでは右各業務に加え、館内巡視、ボイラー注油作業を行い、その後午後九時三〇分ころまで共同浴場の準備、郵便物の交付等帰寮者への対応などの雑務を行い、その間に適宜夕食を摂る。午後九時三〇分からは、来客の対応、寮費の徴収等の業務を行い、午後一一時三〇分から翌日午前零時までは夕食の後片付けや食器の洗浄等をして、午前一時に就寝するという日課であった。原告孝の三回の食事時間を合計一時間三〇分、休憩時間を午後四時からの一時間としても、一日当たりの労働時間は、一六時間を下らなかったのである。

(二)  そして、原告孝は、右労働のうち、毎日午後一〇時から翌日午前零時まで二時間の深夜勤務に従事していたことになる。

(三)  また、原告孝は、管理人としての職責上、休日であっても、容易に休むことができず、平成四年六月一日から平成五年一二月二六日までの間、別表3記載のとおり、八〇日間の休日労働(労働時間は、平日と同じく一日一六時間で、そのうち二時間は深夜勤務)を行った。

2(一)  原告美代子は、本件寮の寮母として、その拘束時間は午前五時から一〇時まで、午前一一時から一一時三〇分まで及び午後四時三〇分から翌日の午前零時までの合計一三時間に及んだ。すなわち、毎日午前五時から八時三〇分までゴミ出し、朝食の準備、入寮者の朝食の対応を行い、その後午前一〇時ころまで朝食の後片付け、夕食材料の発注業務をしながら、その間に朝食を済ませる。午前一一時から一一時三〇分までは業者が搬送してきた食材を受け取り、冷蔵庫に保管したり、解凍したりした後昼食を摂る。午後四時三〇分ころから夕食の準備に取りかかり、帰寮者への夕食の対応を午後九時三〇分まで行い、午後一〇時ころまでの間に夕食を済ませた後、午後一一時三〇分まで入寮者の対応、翌日の朝食の準備を行う。その後翌日午前零時まで夕食の後片付けを行い、午前一時に就寝するという日課であった。原告美代子の給食業務の関係では、午前六時から九時まで及び午後六時から一〇時まで、それぞれパートタイマー一名が補助についていたが、朝夕の食事時間を合計一時間としても、一日当たりの労働時間は、一二時間を下らないものであった。

(二)  そして、原告美代子は、右労働のうち、毎日午後一〇時から翌日午前零時まで二時間の深夜勤務に従事していたことになる。

(三)  また、原告美代子は、寮母としての職責上、休日であっても、容易に休むことができず、平成四年五月一一日から平成五年一二月二六日までの間、別表3記載のとおり、三四日間の休日労働(労働時間は平日と同じく一日一二時間で、そのうち二時間は深夜勤務)を行った。

3  原告らの労基法上の法定労働時間は、一週間につき、四四時間であった。

4(一)  前項記載の法定労働時間を基準に計算すると、原告孝の本件期間中の時間外労働時間の合計は、別表1記載のとおり、四一七一時間(うち九六四時間は深夜労働時間)である。また、本件期間中の休日労働時間は、同表記載のとおり、一二八〇時間(うち一六〇時間は深夜労働時間)である。

(二)  原告孝の一時間あたりの賃金額は、平成四年五月一一日から平成五年四月一〇日までが一〇〇八円、同月一一日から同年一二月二六日までが一〇五四円であるから、その割増賃金の合計額は、別表1記載のとおり、七二九万五七〇八円である。

5(一)  原告美代子の平成四年五月一一日から平成五年一二月二六日までの時間外労働時間の合計は、別表2記載のとおり、二二五三時間(うち九六六時間は深夜労働時間)である。また、同期間の休日労働時間は、別表2記載のとおり、四〇八時間(うち六八時間は深夜労働時間)である。

(二)  原告美代子の一時間当たりの賃金額は、平成四年五月一一日から平成五年四月一〇日までが八〇三円、同月一一日から同年一二月二六日までが八四四円であるから、その割増賃金の合計額は、別表2記載のとおり、二九二万九〇二四円である。

6  よって、原告孝は、被告に対し、割増賃金七二九万五七〇八円及び同額の付加金(労基法一一四条)の合計一四五九万一四一六円及び内金七二九万五七〇八円(割増賃金)に対する訴状送達の日の翌日である平成六年一二月三〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告美代子は、被告に対し、割増賃金二九二万九〇二四円及び同額の付加金の合計五八五万八〇四八円及びこれ内金二九二万九〇二四円(割増賃金)に対する同じく平成六年一二月三〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、それぞれ求める。

三  被告の主張

1  原告らの労働の実態

(一) 原告らの拘束時間は、午前六時から午後一〇時までであるが、原告孝の業務は、入寮者への対応や外来者の応接、館内巡視等であり、拘束時間は長いものの、休憩時間、手待時間が非常に多く、原告孝の一日の労働時間が八時間を超えることはない。ことに、入寮者がいなくなる朝から夕方までの時間帯には、実労働はほとんどない。

原告美代子の業務は、食事の準備、調理、入寮者への食事の提供、後片付け、食材の受入れなど、入寮者に対する朝食及び夕食の提供が中心であるが、原告孝と同様、休憩時間、手待時間が極めて長く、原告美代子の一日の労働時間が八時間を超えることはない。しかも、原告美代子については、パートタイマーが業務を分担する体制がとられており、平成四年一二月以降、朝食をパートタイマーが担当するようになったため、その負担はさらに軽減された。

このように、原告らの労働密度は極めて希薄であり、このことは、後に茨木労働基準監督署長が断続的労働の認定、許可をしたことからも明らかである。

また、日曜、祝日などの休日については、被告の原告らに対する業務の指示はなく、食事の提供もしていないから、原告らの行うべき仕事はない。もっとも、被告は、休日も原告らのいずれかが在寮するよう求めているが、これとても、業務の遂行を伴うものではない。

(二) 本件寮では、管理人や寮母の業務を日常的に管理する者はおらず、日常的な労働時間の管理は、原告らが自主的に行っており、原告らの労働は、いわゆる事業外労働(労基法三八条の二)に酷似した状態にあった。

(三) 管理人と寮母は、夫婦であることが条件とされているが、それは、相互に補完、代替し、協力し合って、業務を遂行することが期待されていたからであり、実際にも、管理人と寮母の業務の大部分は、相互に代替することが可能であった。確かに、被告と原告らとの雇用契約は、法形式上は別個のものであるが、右に述べたような意味において、夫婦一体の契約ということができ、入寮者のいない昼間の時間帯は、原告らの一方が待機して、他方が完全な休憩をとるなどすることもできたのである。

さらに、本件寮においては、前記のとおり、パートタイマーが配置されていたが、このパートタイマーをどのように稼働させるかについても、管理人である原告孝の判断に委ねられていたのである。

2  原告らに対する処遇

(一) 原告らに支給される給与の合計は年約五九八万円であるが、原告ら二人分の寮費として一か月二七〇〇円及び食費として各自一か月五四〇〇円以外の水道代、光熱費、電話代等の費用は、全額被告が負担していたことに鑑みれば、原告らは、極めて恵まれていたものである。

そして、原告孝には、平成三年四月以降、管理職手当として月額四万円が支給されていたが、この手当は、従前支給されていた管理職手当一万五〇〇〇円、寮務手当一万二五〇〇円及び深夜勤務手当七〇〇〇円が統合され、増額されたものである。

また、原告美代子には、月額二万二五〇〇円の寮務手当が支払われていたが、これは、管理人の業務の代行や臨時の業務の担当に対する手当である。さらに、原告美代子に対しては、休日に原告孝に代わって留守番をしたときは、別途一日につき六〇〇〇円の代行手当(留守番手当)を支給していた。

(二) 原告らに支払われていた給与等は、右に述べたような労働実態を前提とし、断続的労働全体の対価として定められたもので、相当な金額であったというべきであるし、原告らも、そのことを熟知したうえで、被告と労働契約を締結したのである。

3  原告らの主張に対する反論

(一) 原告らの業務は、休憩時間、手待時間が長く、極めて労働密度の薄いものであり、しかも、労働時間は、原告らの自主管理に委ねられている。原告らは、互いに補完、協力し合いながら、また、パートタイマーとの業務分担を効率的に行うことによって、充分に休憩時間を取得し、その業務を所定労働時間八時間の枠内で処理し得たものである。

(二) 原告らと被告との労働契約は、管理人及び寮母として職種を特定したものであり、原告らは、管理人、寮母の業務内容、労働実態を充分に理解したうえで、その労働に対する対価として、給与等について合意した。したがって、原告らに対する給与等は、休憩時間や手待時間を含め、いわば断続的労働全体に対する対価として定められたものである。また、金額その他の条件面からみても、原告らに支給された給与等は、原告らの従事した断続的労働全体に対する対価として妥当なものである。

原告らに支給された給与等は、一か月二〇〇時間の拘束労働時間に対するものでしかないから、これを超える部分は未払いであるとする原告らの主張は、右に述べた当事者の合意に明らかに反する。

(三) 本件寮における業務は、労基法八条一四号の「旅館業」に該当するというべきところ、原告らの事業場で使用していた労働者は、常時一〇人未満であったから、同法四〇条、同法施行規則二五条の二により、原告らの法定労働時間は、一週間当たり四八時間である。

(四) 仮に、原告らに法定労働時間を超える手待時間部分があったとしても、前記のとおり、原告孝には管理職手当として月額四万円が、原告美代子には寮務手当として月額二万二五〇〇円が、それぞれ支給されていたが、実労働を伴わない手待時間については、これらの手当により填補されていたのである。

(五) 原告らの業務については、前記のとおり、平成五年一二月二八日、茨木労働基準監督署長により、断続的労働の認定、許可がなされているが、右認定の前後を通しての原告らの労働の実態に変化はない。原告らの本件請求は、右認定以前の賃金に関するものであるが、右のとおり、その実質は、断続的労働にほかならないのであるし、その後労働基準監督署長の許可も取得していることに鑑みれば、右許可は、断続的労働の要件というべきではない。したがって、原告らの本件寮における労働については、労基法所定の労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用はなく、原告らの本件請求は、失当である。

さらに、原告らは、右許可がなされたことを知りながら、それ以前の賃金について、本件請求をしているのであるが、右の事情に照らせば、原告らの請求は、信義に反し、あるいは権利の濫用に該り、許されない。

(六) 原告らは、その主張のような深夜労働を行ってはいないし、少なくとも、被告が右深夜労働を指示したこともない。

また、前記管理職手当や寮務手当は、稀に生じるかもしれない深夜労働に対する手当を包含する趣旨のものであるから、原告らの深夜労働手当の請求は、失当である。

(七) 被告は、原告らに対し、原告らのいずれかが休日も在寮するよう求めていたが、何ら業務に就くよう指示しているわけではないし、休日に深夜労働を命じたこともない。

また、原告らは、そのことを知りながら被告との労働契約を締結したのであるし、休日の在寮に対する対価は、前記諸手当に包含されていたのであるから、原告らの休日労働手当の支払い請求が許容される余地はない。

四  争点

1  原告らの平日における労働時間(原告らの業務が、原告らが相互に補完、協力することにより、あるいはパートタイマーを効率的に利用することによって、法定労働時間内に処理することが可能であったか否かの点を含む。)及び被告の原告らに対する時間外労働、深夜労働の指示(業務命令)があったか。

2  原告らの休日における労働時間(原告らの業務が、原告らが相互に補完、協力することによって、法定労働時間内に処理することが可能であったか否かの点を含む。)及び被告の原告らに対する休日労働、時間外労働、深夜労働の指示(業務命令)があったか。

3  本件寮における原告らの一週間当たりの法定労働時間は四八時間か、四四時間か(原告らの本件寮における業務が常時一〇人未満の労働者を使用する事業所における旅館業といえるか。)。

4  原告らの業務が断続的労働であったか(労働基準監督署長の許可が断続的労働の要件か。)。

5  原告らに対して支給された諸手当等が休日労働、時間外労働及び深夜労働に対する手当を填補するものといえるか。

6  原告らが、管理人、寮母として職種を特定して被告と労働契約を締結し、管理人、寮母の業務内容や労働実態が断続的労働であることを認識したうえで、その労働に対する対価として給与等を合意したか否か。この場合、右給与等は、休憩時間、手待時間等を含めた断続的労働全体に対する対価として約定されたもので、管理人、寮母としての通常の労働の範囲においては、時間外手当等は右給与等に包含されているといえるか。

7  前項の場合、原告らの被告に対する本件請求が信義則違反、権利の濫用として許されないか。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  争点1及び2について

1  前記当事者間に争いのない事実、甲第一ないし第三号証、第七ないし第二一号証、第二二号証の1ないし7、第二三、二四号証、乙第一ないし第一一号証、第一五ないし第一七号証、証人宇高良行の証言、原告らの各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告孝は、工務店を経営していたが、平成二年ころ、倒産して失職し、原告美代子とともに、寮の管理人として、二、三の会社で働いた後、新聞の求人広告で被告を知り、平成三年七月一日、原告美代子とともに、被告に入社した。原告らは、二週間程の研修を受けた後、原告孝は管理人(マネージャー)として、原告美代子は寮母として、本件寮に配属され、稼働するようになった。

なお、被告においては、寮の管理人と寮母とは夫婦であり、かつ、ともに被告に雇用されることが条件とされていた。

(二) 本件寮は、独身者や単身赴任者の会社員を寄宿させることを目的とした八階建の建物で、食堂や管理人室は二階にあり、三階以上が入寮者のための居室とされていた。

そして、原告孝の主な業務は本件寮の管理や入寮者の世話であり、原告美代子の主な業務は入寮者への朝夕の給食であったが、原告らに対する賃金は、それぞれ被告の給与規定に基づいて定められ、原告ら名義の銀行口座に各別に振り込まれていた。

(三) 原告孝の平日の業務の内容は、概ね次のようなものであった。

(1) 原告孝は、起床の後、本件寮の玄関を開錠し、ボイラーを始動させ、朝食時間(午前六時三〇分から八時三〇分まで)が始まると、食堂のために二階に降りてきた入寮者との間で、依頼や伝言を受けるなどし、原告孝は、午前八時三〇分ころ、原告美代子とともに、管理人室で、朝食を摂っていた。

(2) 午前九時以降、原告孝は、退寮者宛の郵便物の転送、入寮者への宅配物の受付け、銀行への振込み、寮の見学者やセールスマン、巡回中の警察官等の来客との対応、館内巡視、電話の応対などを行っていた。

このうち、退寮者宛の郵便物の転送については、転居先を宛名書きして再投函することもあったし、入寮者への宅配物については、所定用紙に必要事項を記入したりするほか、高価品は管理室に保管し、その他の物品は入寮者のもとに搬送するなどしたうえ、帰寮した入寮者に、受領印と引換えに引き渡すものとされていた。また、銀行振込みは、入寮者が支払った寮費等を銀行に振り込むものであるが、入寮者の支払いは、必ずしも規則どおりには行われず、所定の支払日以降にずれ込むことが多かったうえ、一〇万円以上の現金を本件寮に保管しておくことが規則上禁じられていたため、原告孝は、その都度振込みに出向かなければならなかったし、入寮者の中には寮費を滞納する者もおり、その催促などもしなければならなかった。さらに、館内巡視は、午前と午後の二回行わなければならないものとされており、その際、原告孝は、煙草の不始末等による出火やパートタイマーが行う寮の清掃の点検などもしていた。

(3) 原告孝は、午後二時以降、右2記載の業務に加えて、ボイラー注油作業を行っていた。この業務の主な内容は、残量が少なくなったときに業者に配達を依頼したり、業者の行う注油作業を点検、確認したりすることであったが、原告孝は、それとともに、八階建建物の屋上にある本タンクの残量を確認し、少なくなっていれば、一階にある予備タンクから屋上の本タンクへの注油を行わなければならなかった。

(4) 原告孝の業務は、午後五時三〇分ころからは、共同浴場の準備、帰寮者への対応が中心となり、共同浴場の準備については、戸窓を開放して換気を行い、マットを干し、シャワー器具や鏡、洗い桶を点検したりするほか、浴槽に湯を張り、用具を整頓するなどしていた。また、帰寮者への対応については、寮費等に対するクレーム処理のほか、照明器具等の不備や不調、入寮者同士の紛争の処理などについても、規則上、原告孝の適切な対応が求められていた。

(5) 午後九時三〇分を過ぎると、寮費等の徴収その他の雑務が中心となるが、この時間帯は、帰寮者の数も増えるため、原告孝は、郵便物等の交付などの仕事も引き続き行っていた。

(6) なお、本件寮においては、パートタイマーとして、向坂初子(以下「向坂」という。)及び岩瀬妙子(以下「岩瀬」という。)の二名が勤務していた。向坂の勤務時間は午前六時から一一時まで及び午後五時から一〇時までであり、岩瀬の勤務時間は午前九時から一一時までであった。向坂の業務内容は、午前六時から九時まで及び午後五時から一〇時までが原告美代子の給食業務の手伝い、午前九時から一一時までが寮内の清掃作業であり、岩瀬の業務内容は寮内の清掃であった。そして、寮の清掃について、向坂及び岩瀬は、それぞれの担当する場所を定めて行っていた。

(四) また、原告美代子の平日の業務の内容は、概ね次のようなものであった。

(1) 原告美代子の朝の業務は、入寮者に対する朝食の提供であるが、前記所定の朝食時間にかかわらず、入寮者のうちの早い者は、午前六時一〇分ころには、朝食を始めることがあったため、原告美代子が入寮者の朝食の準備に取り掛かるのは、午前六時前であった。

なお、本件寮の朝食の給食業務については、前記のとおり、向坂が毎日午前六時から九時までの時間帯に勤務しており、原告美代子が調理を担当し、向坂が盛り付け、配膳の役を担っていた。そして、朝食の後片付けは、向坂が主に行い、原告美代子もこれを手伝っていたが、食事が終わった分から順次済ませていたため、午前八時三〇分にはほとんど終わっており、午前九時には完全に片づいていた。

原告美代子は、前記のとおり、午前八時三〇分ころには、管理人室で、原告孝とともに、朝食を摂っていた。

(2) 被告においては、寮母は、予め被告から送付された献立表に基づき、喫食数から必要量を計算して、毎日、四日後の食材を業者に発注することとされていたので、原告美代子は、朝食の後片付けを終えた後、業者に四日後の料理の食材を発注していた。そして、午前一一時ころには当日の食材が届けられていたので、原告美代子は、午前一一時三〇分ころまで、届けられた食材の仕分け、収納、解凍などを行っていた。

(3) 原告美代子は、午後四時三〇分ころから、夕食の準備に取り掛かっていたが、午後五時から一〇時までは、向坂がパートタイマーとして稼働しており、朝食の場合と同様、原告美代子が調理、向坂が盛り付け、配膳、後片付けという形で、仕事を分担していた。

原告美代子は、午後七時三〇分ころから八時ころまで、管理人室に戻り、原告孝と夕食を摂っていたが、その間、入寮者に対する夕食の提供等の仕事は向坂が行い、向坂は、食事の済んだ分から順次食器等の後片付けを行った。原告美代子は、午後八時ころには、食堂に戻り、向坂の仕事を手伝ったり、冷蔵庫の整理、献立表の点検や翌日の朝食の準備等をしたが、この作業は午後九時三〇分ころまで続いた。

そして、向坂の勤務時間は、午後一〇時までであり、向坂が帰宅するときには、ほぼ半数の入寮者が食事を済ませており、未だ食事を摂っていないものの分を除いて、片付けは終了した状態であった。

(4) なお、本件寮にはパートタイマーが勤務していたことから、原告美代子は、被告から、朝食の提供はパートタイマーに任せ、仕事をしなくてもよいと指示されていたが、給食についての最終的な責任は寮母が負わなければならないことから、前記のとおり、朝食の提供の業務をも行っていた。

また、本件寮の夕食時間は、午後六時三〇分から一一時三〇分までであったが、午後一〇時以降は、セルフサービスとなり、被告は、原告美代子に対し、午後一〇時以降の食事の提供に関与する必要はなく、食器の洗浄等は翌朝行えばよい旨を指示していた。

(5) 原告美代子は、給食業務のほかには、特段の定められた業務はなく、朝食の後片付けが終わってから夕食の準備に取り掛かるまでの間は、雑用など原告孝の管理業務の手伝いをする程度であった。

(五) 原告らの右勤務は、被告の作成したドーミー管理運営規程(甲第二号証)に基づいて行われていたが、右規程に定められた建物等の巡回時間は、午前六時三〇分から七時及び午後一〇時三〇分から一一時とされていた(一一条)し、電話交換業務は、午前七時から午後一一時までであったが、緊急の場合は、それ以外の時間帯にも行うものとされていた(二〇条)。さらに、平成四年八月に行われた労使協議会において、被告の担当者は、午後一〇時以降の業務は寮長、マネージャーが対応するよう求める旨の発言をしていた(甲第一〇号証)上、本件寮の入寮者向けのパンフレット(乙第一七号証)には、午前六時三〇分開館、午前零時閉館と記載されていた。

(六) 休日における原告らの生活

(1) 被告の就業規則においては、日曜日、祝祭日、年末年始五日間等が休日とされており、原告らが休日に行うべき業務はなかった。

しかしながら、原告らは、被告から、休日においても原告らのいずれかあるいはパートタイマーの少なくとも誰か一人は在寮し、留守にすることのないよう指示されていた。

(2) そこで、原告らは、休日においても、主に原告孝が本件寮に残るようしていたが、原告孝が所用で本件寮を空けるときには、原告美代子やパートタイマーが留守番として、本件寮に留まっていた。なお、被告の運営にかかる他の寮においても、本件寮と同様、休日にも誰かが寮に残るようにとの指示が出されていたため、管理人と寮母が揃って外出することができなかった。そこで、管理人と寮母がともに外出する場合には、他の寮の管理人等が留守番を引き受けることがあり、原告孝が他の寮に留守番に出向き、原告美代子やパートタイマーが本件寮に残ることもあった。そして、原告孝が休日に本件寮に残った場合には特段の手当ては支払われなかったが、原告美代子やパートタイマーについては、原告美代子の場合は一日につき六〇〇〇円の留守番手当てが支給され、パートタイマーの場合には賃金が支給されていた。

2  以上に認定した事実関係に基づき、検討する。

(一) 原告孝について

(1) 原告孝の就業規則上の始業時間は、午前六時である。そして、本件寮の開館時刻は午前六時三〇分であり、電話の交換業務の開始時刻は午前七時とされていることに照らせば、原告孝は、就業規則に定められた始業時刻である午前六時以前になすべき特段の業務はなかったというべきである。そして、そのような業務命令を被告が発した形跡もないのであるから、仮に、原告孝の主張のように、原告孝が午前五時三〇分から就業していたとしても、これは、原告孝が、本来行う必要のない時間帯に自発的に労働を行ったにすぎず、右労働に対する時間外労働手当を請求することは許されないというべきである。

確かに、原告孝の行っていた寮の管理という業務は、事柄の性質上、柔軟かつ臨機応変な対応が求められ、緊急な電話の取次ぎなど、本来の始業時刻以前に業務を行わなければならない必要が生じ得ることも推測される。しかしながら、そのような事態が頻繁に生じるとは考えられない上、本件においては、そのような事例についての個別の立証もないのであるから、原告孝の右主張は採用できない。

(2) また、原告孝の就業規則上の終業時刻は、午後一〇時とされているが、前記認定のとおり、電話の交換業務が午後一一時までとされていたこと、午後の館内巡視時間が午後一〇時三〇分から一一時までとされていたこと及び午後一〇時以降の業務には管理人(マネージャー)が対処するよう求められていたことからすれば、原告孝の業務は、少なくとも、午後一一時までは行わなければならないことが前提とされていたというべきである。そして、本件証拠上、被告から原告孝に対して午後一〇時以降の業務が指示されたことが認められる的確な証拠はないが、右の諸事情に照らせば、原告孝は、就業規則上の終業時間である午後一〇時以降も、少なくとも午後一一時までは業務を行い、あるいは、発生するかもしれない業務に備えて待機することを余儀なくされていたというべきである。そして、被告もそのことを知りながら、原告孝がその業務を行うことを期待していたというべきであるから、被告は、原告孝が午後一〇時から一一時までの勤務を行うにつき、包括的業務命令を発していたとするのが相当である(なお、前記のとおり、本件寮のパンフレットには、閉館時刻が午前零時であると記載されていたのではあるが、原告孝が午後一一時以降に行わなければならない具体的業務があったことが認められる証拠はないから、原告孝の終業時間は、午後一一時であったとするのが相当である。)。

原告孝は、さらに、午前零時まで稼働した旨を主張する。確かに、先に始業時間について述べたのと同様、原告孝が、午後一一時以降も仕事をしたり、ときには管理人としての業務を遂行しなければならない突発的事態が生じたであろうことは推測できるものの、前記判示と同じ理由で、これをもって時間外手当の根拠とすることができないというべきである。

(3) 次に、原告孝の休日勤務についてであるが、前記のとおり、被告は、原告らに対し、休日においても、原告ら又はパートタイマーのいずれか一人は在寮するよう命じていたのであるが、右指示は、その趣旨からすると、ただ単に寮にいればよいというものではなく、休日に、本件寮において、何らかの突発的な事態が生じた場合に備え、これに対処させることが目的であったというべきである。そうすると、右指示は、本件寮における労務の提供(業務)を要する場合が生じ得ることを前提として、原告らやパートタイマーに待機を命じたものの、すなわち、休日における業務を命じたものといわなければならない。

確かに、本件寮において、休日に業務を行わなければならない事態がそれほど頻繁に生じたとは考え難いが、仮に、そのような事態が生じなかったとしても、原告らは、それに備えて、本件寮で待機することを余儀なくされ、その間場所的制約を受け、本件寮を離れられなかったのである。さらに、特段の業務の指示を受けていなかったとしても、その行動には自ずから制約を受けていたというべきであるから、原告らは、休日においても、業務を命じられていたとするのが相当である。

ところで、原告孝の休日における労働時間であるが、休日には特段の定められた業務がなかったこと、休日の在寮者に期待されていたのは、日常生じる事態への対処が中心であったと推測されることなどの事情に鑑みれば、そのような事態の発生が予想される午前九時以降午後五時までの八時間から原告孝が自認する昼食時間三〇分及び午後四時から一時間の休憩時間を控除した六時間三〇分とするのが相当である。

(二) 原告美代子について

(1) 原告美代子の就業規則上の始業時間は、午前六時である。そして、本件寮の朝食時間が午前六時三〇分からであったこと、向坂がパートとして手伝っていたこと及び原告美代子は被告から朝食は向坂に任せるよう指示されていたことに照らせば、原告美代子は、就業規則に定められた始業時刻である午前六時以前になすべき特段の業務はなかったというべきであり、そのような業務命令を被告が発したとすることもできない。

これに対し、原告美代子は、原告美代子が毎日午前五時から就業していた旨を主張する。しかしながら、右判示のとおり、そもそも、原告美代子が午前六時以前に業務を行う必要はなかったというべきであるから、仮に、原告美代子主張のように、午前五時ころから稼働していたとしても、これは、原告美代子が本来必要のない時間帯において、自発的に業務を行っていたにすぎないというべきであり、時間外手当を請求する根拠となる業務とすることはできない。

よって、原告美代子の右主張は採用できない。

(2) また、原告美代子の就業規則上の終業時間は、午後一〇時とされていた。そして、本件寮の夕食の終了時刻は、午後一一時三〇分だったのではあるが、午後一〇時以降は入寮者のセルフサービスとされており、食事後の食器の洗浄等は翌朝行えばよいと指示されていたことに照らせば、原告美代子が午後一〇時以降に行わなければならない業務はなく、被告は、そのような業務を命じていなかったというべきである。

これに対し、原告美代子は、午後一〇時以降も、翌日の午前零時まで稼働していた旨を主張するが、仮に、原告美代子が午後一〇時以降も労働をしていたとしても、右始業時間についての判示と同様の理由から、これをもって時間外手当ての請求の根拠となる業務を行ったとすることはできない。

(3) 次に、原告美代子の休日労働についてであるが、原告孝について述べたとおり、休日の在寮については、その実態が休日労働であったというべきであるから、原告美代子が休日に本件寮の留守番をした日については、休日労働があったものというべきである。

(三)(1)  右判示のとおり、平日において、原告孝は午前六時から午後一一時まで、原告美代子は午前六時から午後一〇時までの各時間帯、本件寮において業務に当たっていたというべきである。そして、その間の休憩時間について、原告孝は二時間三〇分、原告美代子は一時間を自認しているのであるから、原告孝の勤務時間は一四時間三〇分、原告美代子の勤務時間は九時間(原告美代子の主張のうちで労働時間と認定された午前六時から一〇時まで、午前一一時から、一一時三〇分まで及び午後四時三〇分から一〇時までの合計から右自認にかかる一時間の休憩時間を控除した時間数)ということになる。そして、原告孝については、そのうちの午後一〇時から一一時までの一時間は、深夜労働に該当するというべきである。

(2) 被告は、この点について、原告らの労働密度は極めて希薄である上、原告らは夫婦であり、また、パートタイマーもおり、さらには、労働時間は原告ら特に原告孝の裁量で決定できるのであるから、原告ら相互の補完、協力、パートタイマーの効率的な運用によって、その実労働時間を八時間以内に抑えることが可能であった旨を主張する。

確かに、原告らの労働内容の実質を考えれば、その労働密度がさほど濃厚であったとはいえず、また、原告らの担当する業務の多くは相互に代替し、あるいは、パートタイマーに委ねることが可能であったといえるのであるから、原告らが相互に補完、協力したり、パートタイマーを効率的に使用するなどすれば、実際の労働時間は数時間程度に収めることができたといえる。しかしながら、原告らの業務には、朝食、夕食や共同浴場の支度など、定められた時間に行わなければならないものや電話、来客への対応や宅配物の受領など必ずしも一定しない時間帯に発生する仕事への対応のための待機なども含まれており、原告らが仕事から完全に解放されることはなかったというべきである。そして、原告らについては、明確な休憩時間の定めもなかったのであるから、結局、原告らの勤務時間(拘束時間)から原告らが自認する休憩時間を控除した時間については、これを原告らの労働時間とするほかはない。

よって、被告の前記主張は採用しない。

二  争点3について

1  本件寮の経営が旅館業に該当するかの点は暫く措き(旅館業法によれば、施設を設け、一月以上の期間を単位とする宿泊料を受けて、人を宿泊させる下宿営業が旅館業に含まれる旨を明らかにしており、本件寮も、その営業形態次第によっては、旅館業に該当するとも考えられる。)、本件寮における業務が、常時一〇人未満の労働者を使用する事業所におけるものといえるかどうかにつき、検討する。

労基法所定の単位である「事業または事務所」とは、本件寮のように規模が小さく、組織的運営や事務能力からみて、事業主体としての独立性を欠いているものについては、直近上位の機構と一括して一の事業として扱うべきである。そして、甲第七号証によれば、本件寮の直近上位の機構は、被告の大阪支店であり、右大阪支店は二〇棟余りの寮を運営していることに鑑みれば、これが常時一〇人未満の労働者を使用する事業所に該当しないことは明らかというべきであるから、仮に、本件寮の運営が旅館業に該当するとしても、その一週間当たりの法定労働時間は、四四時間であるというべきである。

2  以上判示のとおり、本件寮における一週間当たりの法定労働時間は、原告ら主張のとおり、四四時間である。

三  争点4について

1  原告らの業務の内容を考えると、原告らの業務は、労働密度が希薄で、手待時間の長いいわゆる断続的労働に該当するというべきである。そして、前記のとおり、被告は、原告らの業務について、平成五年一二月二七日、茨木労働基準監督署長から、断続的労働の許可を受けている。

2  被告は、原告らの業務が断続的労働であることを理由に、時間外手当等の支給義務を負わない旨を主張する。しかしながら、労基法四一条三号の趣旨は、実際に区別することが難しい「監視又は断続的労働」と一般の労働について、使用者が断続的労働であることに藉口し、不当な労働形態を採ることを防止するため、労働基準監督署長に判断を委ねて、労働者の保護を図ることにあると解すべきであるから、その労働実態にかかわらず、労働基準監督署長の許可を受けていない以上、労基法の労働時間及び休日に関する諸規定の適用を免れないというべきである。

3  よって、被告の右主張は、採用しない。

四  争点5について

1  原告孝との関係

(一) 前記のとおり、原告孝には平成三年四月以降、毎月四万円の管理職手当が支給されており、この手当は、従前支給されていた管理職手当一万五〇〇〇円、寮務手当一万二五〇〇円及び深夜勤務手当七〇〇〇円が統合され、増額されたものであった。

(二) ところで、労働者に支払われるべき時間外労働手当や深夜労働手当、休日労働手当が定額の他の名目で支給されても、それが当該労働に対する対価であることが明確であり、また、その金額もほぼその対価に見合うものである場合には、実質的には、右諸手当の支給があったものとして取り扱うことができるというべきである。しかしながら、右管理職手当は、その趣旨が不明確であり、原告孝の時間外労働等に対応したものともいえない。もっとも、右のうち、従前深夜勤務手当として支給されていた分については、原告孝の行った深夜勤務に対する賃金であると受け取る余地があるが、前記のとおり、原告孝は、平日毎日一時間の深夜労働をしていたというべきところ、右従前に支給されていた深夜勤務手当の金額が一か月七〇〇〇円であったことに照らせば、右支給額は、原告孝が本来取得すべき深夜労働手当の金額に比して、余りに低額にすぎるといわなければならず、したがって、原告孝が支給を受けていた管理職手当は、原告孝の時間外労働、深夜労働、休日労働を補填するものとすることはできない。

2  原告美代子との関係

(一) これに対して、原告美代子は、原告孝に代わって休日に在寮した際、一回につき六〇〇〇円の留守番手当(代行手当)の支給をうけていた。前記のとおり、原告美代子が休日に本件寮に留まった場合も、単なる留守番ではなく、その間休日労働に従事していたというべきである。しかしながら、原告美代子は、そのような勤務を一回行う毎に被告から六〇〇〇円の支給を受けていたのであり、これは、その支給形態からみて、原告美代子の休日労働に対する対価の趣旨であったというべきであるし、また、六〇〇〇円という金額も、当該労働の内容や負担、原告美代子の通常の勤務に対する賃金額との対比からも相当ということができる。

(二) そうすると、原告美代子の休日労働の対価については、右留守番手当の支給をもって補填されていたというべきである。

3  以上判示のとおり、被告が原告らに支給していた各種手当のうち、原告美代子に対する留守番手当については、これが原告美代子の休日労働に対する対価とみるのが相当であり、原告美代子の被告に対する休日労働手当は発生しないというべきである。

これに対し、原告孝に対する各種手当は、いずれも原告孝の時間外労働、深夜労働、休日労働に対する村価とみることは困難であり、したがって、原告孝は、被告に対する右各労働に対する手当の請求権を失わない。

五  争点6及び7について

1  前記のとおり、原告らは、被告に入社する以前にも、寮の管理人や寮母をしたことがあり、また、被告への入社に際しても、その勤務の内容の説明を受けていたのであるから、寮の管理人や寮母としての業務の内容を熟知していたことは明らかである。すなわち、原告らは、本件寮における業務の実態が断続的労働であり、かつ、その労働時間の管理が原告ら、ことに責任者の管理人である原告孝に委ねられていたことを知悉していたことが推測できるのである。

2  そして、原告らは、賃金の額を含めて、被告の提示する条件を了承し、被告と雇用契約を締結したのではあるが、時間外労働等に対する手当については、労基法が厳格な規定を設けていること、入社に当たって、原告らと被告との間で、労働時間、深夜労働及び休日労働の有無やこれに対する対価等につき、具体的な話合いを行った形跡はなく、原告らがすべての事情を了承し、本来支給を受けるべき手当等の放棄を含む趣旨で、契約締結に至ったとは断定できないことなどの事情に照らせば、原告らが本件寮における勤務の実態が断続的労働であり、また、労働時間の管理が原告らに委ねられていることを知りながら、被告との契約を締結したとの一事をもって、被告が、原告らに対する時間外手当等の支払いを免れることはできないというべきである。

3  さらに、右の事情をもって、原告らの本件請求が権利の濫用に該るとすることもできない。

4  なお、被告は、原告ら夫婦が一体として被告と雇用契約を締結したかのような主張をしている。

確かに、前記のとおり、本件寮における業務の多くは原告らが相互に代替することが可能であるし、また、原告らが補完、協力し合えば負担を軽減できるのであり、実際には、原告らもそのようにして勤務していたと推測できる。そして、被告が寮の管理人と寮母が夫婦であることを条件に、採用しているのも、このような点に着目したものと解されるが、原告らは法律上は別個の人格であり、それぞれの体系に基づいて給与額が決定されるなどの経緯に照らせば、雇用契約自体は、各別に締結されたことは明らかである。

5  よって、被告の前記各主張は、いずれも失当である。

六1 以上述べてきたところをまとめると、原告孝の平日一日の労働時間は、一四時間三〇分であり、そのうちの一時間は深夜労働である。そして、一週間につき、四四時間を超えた部分である三七時間(深夜労働時間を除いた時間)については、時間外労働となり、それぞれ所定の手当の支給を受ける権利を有する。

また、原告孝の休日の労働時間は、六時間三〇分であり(ただし、深夜労働に該当する部分はない。)、この労働の対価は支払われていないのであるから、原告孝は、被告に対し、休日に在寮した日につき、一日当たり六時間三〇分の休日労働手当の支給を受ける権利を有するというべきである。

2 原告美代子の平日一日の労働時間は、九時間であり(ただし、深夜労働に該当する部分はない。)、一週間につき、四四時間を超えた部分である一〇時間については、時間外労働となり、所定の時間外手当の支給を受ける権利を有する。

また、原告美代子が休日に在寮した分は、休日労働に該当するが、その対価は、留守番手当として支払いずみであるから、原告美代子が被告に対して請求できるのは、右時間外手当だけである。

七1  そこで、原告らの具体的な稼働状況について検討する。

原告らは、平日及び休日の稼働状況が別表1ないし3記載のとおりであった旨を主張する。本件証拠上、原告らの平日の稼働日数の主張を裏付ける的確な資料はないものの、被告も右主張を積極的には争っていないことに鑑み、原告らの稼働状況については、右別表1及び2に基づいて計算することとする。

2  別表1及び2記載の原告らの各給与の対象期間における稼働日数については、原告らが平日一日当たり二時間の深夜労働があった旨を主張していることに照らして、深夜労働時間を二で除した数を稼働日数とする。そして、前記のとおり、原告孝については、平日一日の労働時間が13.5時間で、深夜労働時間が一時間である。原告孝は、一週間当たり三七時間の時間外労働をしていたことになる(計算式は、13.5時間×6日−44時間)から、右三七時間に各給与の対象期間における稼働日数を乗じ、一週間当たりの平日の稼働日数である六日で除した数が、右対象期間における時間外労働時間数である。

また、原告孝の平日の深夜労働については、右稼働日数に一時間を乗じた時間数となる。

さらに、原告孝の休日労働時間は、別表3記載の各休日労働日数(なお、甲第八号証によれば、平成五年五月一一日から同年六月一〇日までの期間の休日労働日数は三日であることが認められるので、同期間の休日労働日数を三日とした。また、同号証によって認められる休日労働日数が別表3より多い分については、同表記載の原告孝の主張の範囲で計算した。)に、6.5時間を乗じた数となる。

右の方法で計算した原告孝の時間外労働時間、深夜労働時間及び休日労働時間は、別表4記載のとおりである。

3  次に、原告美代子の平日の時間外労働日数についても、右と同様の計算により稼働日数を算出し、一日当たりの労働時間を九時間として計算し、一週間当たりの法定労働時間を控除すると、原告美代子の一週間当たりの時間外労働時間は一〇時間となる(計算式は、九時間×六日−四四時間)。これに基づき、右原告孝について述べたのと同様の計算により算出した原告美代子の時間外労働時間数は、別表5記載のとおりである。

4  また、甲第五、六号証の各1ないし19及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告孝の一時間当たりの賃金額は、平成四年五月一一日から平成五年四月一〇日までが一〇〇八円、同月一一日から同年一二月二六日までが一〇五四円であること及び原告美代子の一時間当たりの賃金額は、平成四年五月一一日から平成五年四月一〇日までが八〇三円、同月一一日から同年一二月二六日までが八四四円であることが認められる。

5  そして、前記認定の原告らの平日の時間外、深夜及び休日労働の時間数に前記一時間当たりの賃金、法定の割増率(時間外労働及び休日労働については0.25、深夜(時間外)労働については0.5)を乗じて計算すると、別表4記載のとおり、原告孝は、平成四年五月一一日から平成五年四月一〇日までの平日の時間外労働については二一一万三〇二〇円、深夜労働については四一万一二六四円、休日労働については三五万二一七〇円、同月一一日から同年一二月二六日までの平日の時間外労働については一七〇万五七六七円、深夜労働については三三万二〇一〇円、休日労働については三〇万八二九五円の合計五二二万二五二六円の賃金の支給を受ける権利を有する。

また、同様の計算によると、原告美代子は、別表5記載のとおり、平成四年五月一一日から平成五年四月一〇日までの平日の時間外労働について四五万四五九八円、同月一一日から同年一二月二六日までの平日の時間外労働について三七万〇七二七円の合計八二万五三二五円の賃金の支給を受ける権利がある。

八 最後に、原告らの主張する付加金につき検討するに、労基法一一四条所定の付加金は、使用者に労基法違反行為に対する制裁を課し、将来にわたって違法行為の発生を抑止するとともに、労働者の権利の保護を図る趣旨で設けられたものと解すべきである。そして、同条が付加金については、裁判所が「支払いを命じることができる。」と規定していることに鑑みれば、裁判所は、使用者による労基法違反の程度や態様、労働者の受けた不利益の性質や内容、右違反に至る経緯やその後の使用者の対応等の諸事情を考慮して、その支払命令の可否、金額を決定することができると解すべきである。

このような見地から、本件をみるに、前記認定のとおり、原告らの業務の内容は、被告に入社した平成三年七月以降退社した平成六年三月末までの間、変更がなく、この間の労働は、実質的には、労働密度が極めて希薄な断続的労働であり(現に、被告は、平成五年一二月二七日、茨木労働基準監督署長から原告らの業務につき断続的労働の許可を受けている。)、かつ、原告らにおいて、多分に労働時間の管理をなすことのできるものであったこと、原告らが支給を受けていた給与等(乙第一六号証によれば、原告ら夫婦二人で、賞与を含め年額約五九八万円が支給されていたことが認められる。)は、右労働に対する対価としては、決して少ないものではないと考えられること、それゆえ、少なくとも、被告の内心においては、原告らが管理人、寮母として職種を特定して被告と労働契約を締結したことから、原告らがその労働が断続的労働であること等を認識した上、その給与等を休憩時間、手待時間等の一切を含めた労働全体に対する対価として約定したと考えていた余地もなくはないこと、殊に、原告孝には、平成三年四月以降は、毎月四万円の管理職手当(なお、これは、前記のとおり、従前支給されていた管理職手当一万五〇〇〇円、寮務手当一万二五〇〇円及び深夜勤務手当七〇〇〇円が統合され、増額されたものである。)が支給されているところ、右管理職手当は、その支給の趣旨が必ずしも明確ではなく、原告孝の時間外労働等と具体的に対応したものとは必ずしもいえないが、原告孝の業務の特殊性に鑑み、右管理職手当がその全体において、本来予定された勤務時間外の労働に対する対価を大きな意味で補完するものとして給付されていたと考える余地もあること(このことは、右管理職手当が従前支給されていた管理職手当、寮務手当及び深夜勤務手当が統合され、増額されたものであることから推認することができる。少なくとも、寮務手当及び深夜勤務手当は、いずれも、それが手当であること及びその名称からみて、本来予定された勤務時間外の労働に対する対価を補完するものであることは十分に推認することができる。)、それゆえ、右管理職手当が原告孝が取得すべき時間外労働、深夜労働、休日労働に対する対価として形式的にみる限り低額にすぎるとしても、前記の労働密度の希薄さを考慮するとき、実質的にみて、その額が無視してもよいほどに不当に低額であるともいえないので、この点において、被告に、右管理職手当を原告孝が取得すべき時間外労働、深夜労働及び休日労働に対する対価として支給する意思があったともいえる余地を否定し得ないこと、以上によれば、被告に労基法違反の違法性の程度において大なるものがあったとは必ずしもいい難いこと、すなわち、本件は、法律的事実の確定と法律問題の解釈が絡む極めて困難な事例であるところ、結果として、被告の基本的主張の相当部分が認められないこととなったが、それは、多分に見解の相違等に起因する側面が存することを否定し難いので、被告の労基法に対する姿勢を一概に非難することもできないこと、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌するとき、本件については、付加金の支払いを命ずる必要はないとするのが相当である。

したがって、当裁判所は、被告に対する付加金の支払いを命じないこととする。

第五  結語

以上の次第で、原告らの請求は、原告孝については五二二万二五二六円、原告美代子については八二万五三二五円及びこれらの金員に対する弁済期の後である平成六年一二月三〇日(本件訴状送達の日の翌日)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中路義彦 裁判官長久保尚善 裁判官井上泰人)

別表<省略>

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